ブログ,  翻訳のこと

ティム・フィッシャー作 “Under the Blanket Sky”(邦題:きみとそらのしたで)を訳した話

わたしはたまに絵本の翻訳をしていますが、2ヶ月ほど前に『きみとそらのしたで』というなんだかロマンチックなタイトルの訳書が化学同人さんから出ました(ぱちぱち)。

原題は『Under the Blanket Sky』といい、ティム・フィッシャーというアメリカ在住の作家さんのデビュー作です。

とっても人のよさそうなおじさんです。ニューヨーク州ハーキマー出身で、子どものころ過ごした小さな町での思い出をもとに、この絵本を描いたのですね。

絵本全体が、やわらかな光で満たされています。

これまでいろいろな絵本を訳す機会をいただきましたが、この作者さんは絵にも文章にも、一貫したこだわりが随所に見られました。たとえば改行する位置も、発音するときの音やリズムも、選びぬかれている印象です。

つまり、とても訳すのがたいへん、ということなのですね~

たとえば最初のページは、こんなふうに始まります。

なんと言いますか、ありきたりな言葉で言えばとても叙情的な始まりです。そして、その場の光や匂い、感触がありありと思い描けるような言葉選びだなとわたしは思いました。ちらちら光が揺れる感じや、ふわふわとなびく羽毛、きらきらした目。物語の世界にすうっと呼び込まれるような、そんな書き出しです。

で、わたしは、どうしよう~と思いました。デビュー作ということもあってか、この絵本に対する作家さんの愛情が尋常ではないのです。これをわたしの訳でぶっこわすわけにはいきません。

編集者さんには、原文の雰囲気を残しつつ、日本の読者にも受け入れられるような感じで・・・というお願いをいただきました。

わたしは原文をどれだけ再現できるかを考えながら言葉をいじくり回す(という言い方は誤解を招くかもしれませんが)のが好きなので、読者さんのことをうっかり忘れがちでございまして、編集者さんが客観的な意見をくださるのであわてて軌道修正をする、という感じなのです。

翻訳者になりたいと思ったのも、言葉と遊ぶのが楽しいからであって、日本と世界の架け橋になろうなどという高邁な精神は当初持ち合わせておりませんでした(いまはお仕事なので、ちゃんと考えております!!)。

というわけで、いろいろ考えた結果、1ページ目の訳はこんなふうになりました(いろいろ、には編集者さんとの度重なるやり取りやZoom会議が含まれております)。

初稿の訳は、”with a brush of wind”や”and flutter of sunlight”のあたりが特にかっこつけた感じになっていたので、編集者さんにご指摘をいただきながら、だいぶ軌道修正したなぁと思います。”with a brush of wind”と”and flutter of sunlight”は言い回しが似ていて、詩的な感じではありますので日本語でもそうしたかったのですが、どうしても違和感が残りまして、こうしたちょっとやわらかな訳になりました。

そして擬音語や擬態語をどれだけ使うのかというのも問題で、やっぱり多用すると垢抜けない感じに・・・英語は動詞にオノマトペ的な要素が含まれている感じがするので、そういった点もすくい上げないといけないなぁと思うのですが。

やっぱり距離の遠い言語どうしの翻訳は、いろんな翻訳家さんが仰っているとおり、どれだけうまく間違えるかの勝負なんだなぁと実感。

翻訳の話はこれくらいにしまして、作品の内容をご紹介します。

1ページ目のとおり、あるなつのあさに突然、なんだかふわふわの鳥がぼくの前にあらわれたのですね。ちなみに英語版の内容説明には、はっきり「フクロウ」と書かれていましたので、フクロウなのです。

これがきみとぼくの出会い。

『ともだちになろうよ』ってぼくは声をかけるんですね。この『ともだちになろうよ』っていう言葉、久しく口にしていません。大人になると、なんだか知らないうちに誰かと仲良くなったりするもので。

ともだちになったぼくらは、夏のあいだずっと、遊んだりなんだりして、いっしょに過ごします。このページのフクロウさんのまなざし、なんだかとっても優しいなと思います。

でも、フクロウさんはいつか旅立つわけです。いつまでもいっしょにはいられないことを、ぼくはわかっていたのでしょうか?わたしはこのページのぼくの言葉がとても好きです。

別れが来ることを知らないぼくの幼さに、なんだか泣きたくなってしまいます。

小さいときは、誰かとの別れが来ることを考えもしないものだと思うんですよね。でも、いろんな出来事に遭遇して、あ、ずっといっしょにいられるわけじゃないんだ、ということを知る。

その気付きに愕然とするか、まあそんなもんか、と軽やかに受け入れるかは人によると思うのですが、わたしなんかはわりと愕然とするほうだと思いますし、今でもわりとそうです。

でも、大人になった今は、二度と会えない人がいるとわかっていても、それを受け入れて、いつか大丈夫になるということも知っています。

だから、新しい人に会うことも、別れることも、怖くなくなったように思います。

みなさまは、もう一度会いたい人はいますか?

この絵本を読むと、いろんな人のことを思い出すと思います。でも、ただ悲しいのではなくて、こうした温かい記憶があるからこそ、これからの人生を大丈夫に生きていけるのだと思います。

会えなくなるのがわかっているなら、いまここにいるうちに、愛おしい記憶をできるだけ作ることが大切なんじゃないかな、とわたしの友人がいつか言っておりました。

「二度と」とか「永遠に」とか、絶望的になりそうな言葉ばかりに気を取られるのではなく、いまを見つめること。

それは難しいかもしれないですが、いまここにいるあなたの目をちゃんと見て、「ーーあのね、だいすき」と言うことは、あなたのことが大切だと伝えて、これから生きていく自分のことも大丈夫にするための、優しい勇気だと思います。